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旧世代産業の遺物


石炭は明治から近代にかけて、日本の重要なエネルギー源であった。
採炭所は日本各地に建設され、志免鉱業所もその一つである。

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(竪坑櫓跡)

現在は児童館の公園となっている志免鉱業所跡の一番の見所はこの竪坑櫓跡である。
竪坑とは石炭を採炭するために地下深く縦に掘った穴の事であり、竪坑櫓はその穴を上り下りするための昇降用機械を取り付けた塔の事だ。鉄筋コンクリート製のタワーは高さ50メートル近くあり、巻き上げ機で地下400メートル以上の深さへ採掘した石炭や鉱夫を運んでいた。

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(下から見上げるの図)

なお、この時代で同じタイプの竪坑櫓は日本ではここ志免町のみでしか見る事はできない。
世界に目を向けてもベルギーと中国の合計2箇所にとどまる。


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(平成19年に国の登録有形文化財に指定された)

海軍の採炭所として、またそこで働く鉱夫たちによって大いに賑わった炭鉱街であったが、1950年代になると中東やアフリカに相次いで大油田が発見され、日本の主なエネルギー源が石炭から石油へと移行すると共に炭鉱も衰退していった。それに伴い、当時国営であった志免鉱業所の売却が決定したが、国労の反発により志免闘争へと発展した。それにより1959年には大規模な暴動が発生したが、最終的には払い下げ入札に参加申請していた財閥各社が参加を辞退し、1964年に鉱山は閉山となった。

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(こっちは傾坑)


ちなみに、現地には竪坑の他にも傾坑と呼ばれる採掘口も残されている。
竪坑がエレベーターであるとするならば、傾坑はエスカレーターと表現されるべきものだ。地下で竪坑と繋がっており、物資や人員の移動に使われた。

その他画像
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